新伝馬町(しんてんままち)の由来
2025年04月18日
仙台市の「新伝馬町(しんてんままち)」は、元々は日形町(ひがたまち)と呼ばれていました。
しかし、延宝6~8年(1678~1680年)頃の仙台城下絵図には「新伝馬町」と記されています。
新伝馬町は、国分町、北材木町、北目町とともに「四伝馬町」の一つとして栄えました。これらの町は、伝馬役を担い毎月26日から月末までの間、10頭の馬を常備していました。伝馬とは宿場が用意する輸送用の馬で荷物を運ぶために使われました。明治20年(1887年)の鉄道開通後も、中心街を結ぶ商店街として発展を続けています。
「新伝馬町」は仙台城下町の開府当初は日形町と称されていましたが、延宝6~8年の仙台城下絵図から「新伝馬町」となっております。
「新伝馬町」は穀物を扱う町でもあり、立町、二日町、穀町と共に四穀町と称されました。
これらの4町が穀物問屋仲間を形成していたと伝えられております。
1945年(昭和20年)の仙台空襲においては、アメリカ軍は「新伝馬町」と東三番丁の交点を爆撃目標の中心と定め、「新伝馬町」は付近の町とともに最初に集中攻撃を受けており、一帯は焼野原と化しました。新伝馬町が爆撃の中心点だったことを示す案内板と銘板がそれぞれ2020年(令和2年)と2021年(令和3年)にクリスロードに面する建物に設置されて公開されてます。戦後の1949年(昭和24年)頃になると、バラック建てながら新伝馬町の街並みが戻りつつあり、そこに戦災前から商売を続けている人々に加えて新しく開業する人々も出てきて町は活気づきました。1952年(昭和27年)頃の「新伝馬町」では繊維小売商が特に盛んでした。
1963年(昭和38年)になると新伝馬町商店街振興組合が結成され、翌1964年(昭和39年)から1965年(昭和40年)にかけて「新伝馬町」、大町、名掛丁の各アーケードが完成し、一帯が連続したアーケード街となりました。新伝馬町商店街振興組合は1972年(昭和47年)に中央二丁目商店街振興組合へ改称、さらに新しいアーケードが竣工した1992年(平成4年)にクリスロード商店街振興組合へ改称しました。
クリスロードのクリス(CLIS)は、Creative Life In Shopping の頭文字によるもので、商店街を【生活創造ストリート クリスロード】と称し現在に至ってます。
