仙台市幸町の由来
2025年04月07日
「幸町」という地名は、戦後の区画整理や都市開発の際に名付けられたとされています。戦争が終わり、人々が平和で幸福な暮らしを求める中、「幸せ」や「平和」を願う意味を込めて「幸町」と名付けられたという説が有力です。「みんなで力を合わせて幸せな町をつくろう」との思いが込められており、古くは稲作がおこなわれていた田園地帯で戦時中には陸軍の軍事工場が作られました。その後工業地として整備され材木・製紙・製罐企業などが誘致されると同時に住宅化が急速に進み発展しました。
昭和27年に仙台市から呼称として「幸町」が認められ、バスの停留所、郵便局、小学校など公共施設にその名が使われるようになりました。
昭和51年に「幸町」が住居表示されました。
【幸町の地形や歴史】
・地形的には北部が丘陵地帯、南部が平地です。
・与兵衛沼、枡江小、幸町小、幸町南小、幸町中などの施設があります。
・飛鳥時代頃からこの地域で瓦が生産されました。
・江戸時代には仙台藩領であり、小田原新名社が創建され伊達家の墓所が作られました。
・農村地帯としても栄えていました。
・与兵衛沼ではかつてスケートが行われていました。
・枡江小学校では学習にも活かされている枡江の森があります。
