仙台市小田原の地名の由来

2025年03月25日

小田原は東北本線を挟んで青葉区と宮城野区に跨るエリアで歌枕「玉田横野」の地であるとされ、古くは田畑の広がる「小俵」とも表記されてました。旧来は歌枕「宮城野」や「榴ヶ岡」などの原野に連なる田園地帯であり、歌人の憧憬を集めた野原の所在地として比定される地域としても知られています元は小田原村の一部で、延宝年間に仙台城下の一部として「小田原八丁」等が割り出されております。延宝年間には奥州街道以東の北七番町丁以北と東六番丁の東側および鉄砲町の北側である小田原地区に城下町が拡張されました。

神奈川県小田原市とは無関係です。

 

【小田原八丁】

仙台城下で小田原にあった地名の総称で「車通」・「山本丁」・「金剛院丁」・「広丁」・「大行院丁」・「清水沼通」・「牛小屋丁」・「蜂屋敷」の8地区であり、付近にはかって小田和遊郭(新常磐町)が存在していました。現在、一帯は住宅街となっています。

 

「小田原車通」

北側から「車町」に至る道で北端は「花京院通/小田原山本丁」南端は「元寺小路/鉄砲町」と直交する短い町、名称の由来は付近に「車地蔵」が祀られおり車大工が住んでいたとも言われています。

「小田原山本丁」

仙台市宮城野区にある地名で、山本丁から小田原北一番丁までを小田原裏山本丁と呼ばれてました。

名称は小姓から屋敷奉行を務めた山本三郎兵衛が居住していたことによるものです。

「小田原金剛院丁」

「鉄砲町」から「小田原北一番丁通」までを結ぶ南北の侍丁でありました。名称は修験道の金剛院が存在したことに由来しております。現在は国道45号線から北に向かう一方通行道路でマンションやオフィスビルの名称に残っています。

「小田原広丁

「鉄砲町」から「小田原長丁通」までに至る通りでした。現在は国道45号線から南に向かう一方通行道路でマンションや駐車場の名称として現在でも利用されております。

「小田原大行院丁」

「鉄砲町」から「小田原長丁通」までを結ぶ侍町でありました。名称は北端に大行院が存在したことに由来しております。現在は北から国道45号線に向かう一方通行道路となっており、集合住宅に名称が残っております。

「小田原清水沼通」

概ね「小田原金剛院丁」から「小田原広丁」「小田原大行院丁」「小田原東丁」と交差し、仙台城下町に隣接しており、現在の清水沼公園に向かう東西の道でありました。

「小田原牛木屋丁」

「小田原八丁」の1つであり、客人の御車や付近にあった米蔵から荷車を引かせる牛を飼育する牛小屋とその仕事を担当する牛仕屋敷が存在し名称の由来となりました。現在は住宅街となっております。

「小田原蜂屋敷」

「小田原八丁」の1つであり、蜂を飼育していた事に由来しております。1894年に「小田原遊郭(新常磐町)」が置かれました。戦後、遊郭が廃止されてからは旅館街となったため「旅籠町」と呼ばれました。現在は住宅街となっております。